Vipassana(ヴィパーサナ)瞑想10日間コース 体験談

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以前から行きたいと思っていたVipassana(ヴィパーサナ)センター。世界のあちこちにセンターがあり、日本でも京都と千葉にセンターがあります。日本で行こうと考えていたのですが、「バンガロールのセンター、綺麗でいいらしいよ」という情報を聞き、このバンガロールで行ってみることにしました。

参加した理由は前回の記事にも書いた通り、瞑想もヨガ修行の一部だからです。(こちらの記事を参照

「物事をありのままに見る」という意味のヴィパッサナー。この瞑想法は10日間、合宿で行われ、人と目を合わせることもなく、沈黙を守り、
読み書きや、インターネットはもちろん、外部との接触を一切禁止されている中、一日のうちのほとんどの時間を、ただ目を閉じ、心を無にするよう瞑想するのものです。

受講したコースは、5月14日から5月25日までの実質12日間のコース。初日と最後の12日目は会話をすることができ、2日目と11日目までの10日間が本格的な修行の期間となります。コースの受講はインターネットで申込むようになっていて、わたしは1ヶ月前にヴィバッサナのHPから申し込みました。ヴィバッサナは寄付で成り立っており、受講者がコース終了後に支払います。

瞑想は目を閉じる・坐禅・背筋を伸ばす・鼻呼吸で行います。1時間ごとに5分の休憩があり、1時間のうち最初と最後にテープ音声による講義が流れます。

下記が10日間の1日のスケジュール。

4:30~6:30 瞑想
6:30~8:00 朝食休憩
8:00~11:00 瞑想
11:00~13:00 昼食休憩
13:00~17:00 瞑想
17:00~18:00 夕食
18:00~19:00 瞑想
19:00~20:30 講義
20:30~21:00 瞑想
21:00~ 就寝

「ほとんど瞑想やないかい!」と当たり前ながら、初日はびびりました。実際やってみても、1日のほとんどを目をつぶって過ごします。ええ、もう頭がおかしくなってきます。施設は高い壁で囲まれており、完全に逃げ出せない状態です。脱獄できないか、、、とか考えてしまうほど精神的に追い詰められます。とはいえ、途中リタイアはありです。今回女性50人、男性70人ほど参加しておりましたが、女性2名、男性10名が途中棄権したとのことです。

初日に手続きを済ませ、本や携帯等を全て金庫に預けます。部屋割りも発表され、私はアメリカ人の女の子「アイボリー」と同じ部屋でした。この施設では2名で1つの部屋シェアします。

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身長が178cmもあるそうで、後ろ姿はめちゃくちゃ男らしかったです。でも、最後の日に夜通しガールズトークしてて、中身はキュートな女の子でした。

一人一人に割り当てられる部屋は、小さなベッドが置かれただけのとても簡素なもの。
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ちゃんとトイレとシャワールームも部屋ごとにありました。
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マットも十分厚みがあって、よく眠れましたし、水まわりもキレイに掃除されていてすごく快適でした。

こちらは女子寮。ここに25部屋ほどあり、50名ほど参加していました。
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10日間の沈黙の中で行われる瞑想合宿、スタートしました。朝4時に起床の鐘がなり、その後、大きな瞑想ホールに参加者全員が集まります。一人一人あらかじめ指定された場所には座布団が敷かれていて、その上に座り、4時半から瞑想が始まりました。

1日10時間もの長い時間を全て瞑想をするという10日間。また、19時から大体21時頃までは講話を聞く時間になっているので、休憩時間を除くと、1日のうち約12時間は目を閉じて座っていることになります。

初めは、自分の呼吸に集中するという簡単な瞑想法から学んでいくのですが、ただ座って目を閉じていることがこんなにも辛いことだとは思いませんでした。

自分はヨガをしているので、きれいに座る自信はありますが、長時間座る・・・ということがこんなにもつらいことだなんて想像していませんでした。毎日、お尻が痛くて、足も痛いし、暑いし、背中も痛くなってくるし・・・と苦行です。ほんとうに。この瞑想コース中はかなりの便秘でした。やはり座ってばっかりだとよくないのですね。

朝食はインドの定番イドゥリーやビリヤニっぽいものが出てきます。昼食は普通の南インド料理。そして、晩御飯というものはなく17時にスナックが支給されます。お米でできたお菓子で、私は大ヒットでした。後でみんなが「もうあのスナック食べたくないー」って叫んでましたが、私は「日本に帰っても食べたいので、作り方を勉強したい!」というほどはまりました。

今回この修行がつらかったのは食事も理由の1つです。毎食、小学校の給食のようなものが出てくるので、自分が食べたいものが出てくるとは限りません。ましてや、インド料理。インド料理は大体好きですが、時には「なんじゃこりゃーーー」と思うようなものが出てきます。瞑想中なので「なんなんこれ?」って聞くわけにもいきません。しょうがないので、とりあえずもらって食べてみます。まあ大体おいしいのですが、時にはあまり好みじゃないものもあります。でも「残さず食べましょう」と食堂に貼ってあるので、泣く泣く食べます。ああ、こんな時代あったな、小学校でコッペパン全部食べれへんくて、先生に「ともえちゃん、全部食べるまでは休憩なし!」って言われ、監視されながら食べていたなぁ、懐かしいなぁ~なんて思いながら、食べました。

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プライベートな時間が朝と昼に1時間ほどあって、この時間に洗濯・掃除等済ませます。人間、なにかしていないと気が済まないものなので、やたらとみんな洗濯していました。私もあまりオススメはされていないものの、ヨガの練習にふけりました。そうでもしないと、精神がもちません。

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ヨガのアーサナと一緒で「いまこの瞬間を生きる」ということを練習します。過去のことをくよくよ考えるわけでもなく、将来についていらない不安・妄想をするわけでもありません。ただこの瞬間を見つめ、そして観察する・・・といったテクニックです。ヨガのアーサナを練習するときは、一見出来ているかのように思えていたこの「いまを生きる」感覚。長時間ただただ座っていると、それも難しくなります。精神的にやられ始めた5日目くらい、食べたいものを頭の中でつぶやいている自分がいました。「ぎょうざ、ラーメン、寿司、アイスクリーム、天ぷら、そば、マンゴー・・・・あ、マンゴーはインドでも食べれるな・・・」と。いかんいかん、全然集中できていないじゃないか、とまた呼吸に注目します。

この極度な状態の練習法が、日常生活に戻ったときに活かせるようになる・・・というのですね。日常生活でも、つらいことがあると眠れなくなってしまったりします。また逆に「明日は旅行!」とかワクワクすることがあっても眠りにくいですね。でもその時間にすべきことをする・・・というのが大事だとヨガでは説いています。それをアーサナ、瞑想、呼吸法を通して訓練します。

最初の数日は、全く動かずに座る・・・ということがいかに難しいことか学びました。

誰が言ったか忘れましたが、誰かが
「怒り・不安・悲しみというものは、なかなか消えません。瞑想をしてそれらを解放してあげようとすると、こういった感情は解放されることに抵抗する傾向にあります。」
と言ってました。

私が足を組みなおしたりするのは、これから起こる深い瞑想に対する抵抗だったりするのだな、と思いました。先生と呼ばれる人がインド女性1人、男性1人いて、正面に座っています。彼らを注目してみていると驚くほど動きません。「静止」です。絶対に私のほうが体力はあるし、柔軟性もあるはずなのに、それでも私は動きまくり、先生は驚くほど静止した状態で座ることができます。これは体力的なものではなく、精神的なものなんだなと気づき始めました。

8日目くらいになって、やっと「瞑想」と呼べるような集中力が私にもついてきました。とはいえ、体は本当に痛かったので、15分に一度くらいは足を組み替えるのですが、1時間があっという間に過ぎました。体の細部まで気を配り、自分の脈を体全体で感じます。「ドク、ドク、ドク・・・」と。

いろいろな不思議な体験をしました。例えば、自分がただただ息をしている・・・ということに感謝したり、急に泣けてきたりしました。なぜ涙が出たのか、あまり覚えていないのですが、ただこの世に生まれてきたこと、こうやって瞑想する十分な時間的余裕があることに幸せを感じたのだと思います。

その他にも、体の感覚が一気になくなるといった体験もしました。この状態までいくと、もうもはや呼吸に注目する必要はありません。何もしなくても、一瞬一瞬に集中できるようになります。

このVipassanaの創設者ゴエンカ氏は、こう言っていました。
「この10日間のコースで悟りを開けるということはありません。ただその状態に1歩近づくことができます。」

本当にその通りだと思います。10日間の後、わたしは悟ってはいません。ただ、ヨガに対する知識・知恵が深まったというのは確かです。Vipassanaのコースは、沈黙の中、自分自身の奥深くまで覗き見るような体験でした。時には大変な時もあり、時にはすごく心地良く感じる時もありました。

ゴエンカ氏の講話は毎日1時間から1時間半ほど夜に行われました。(彼は昨年お亡くなりになっており、ビデオによるものです)
コース中に聞いたお話が本にも掲載されていたので、本より抜粋して一つ紹介します。
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「心の平静さ(Equanimity)」

それでは、どうしたら不幸にならずにすむのだろう?どうしたら苦のない人生を送れるのだろう?ただ観察し、反応しなければいいのである。ひとつの状況を維持しようとか避けようとせず、また、これはいいがあれはだめなどと言わず、心の平静さ、心のバランスを保ち、すべての現象をただ淡々と見つめてゆけばよい。

これは簡単なように思える。しかし、いざ1時間の瞑想をしようと思ってすわり、10分ほどで膝が痛みだしたらどうなることか。たちまち、痛いのはつらい、なんとか痛みが取れないだろうか、とやきもきし始める。しかし痛みは取れない。痛いと思えば思うほど、ますます痛みがひどくなる。やがて、からだの痛みは心の痛みになり、大いに苦悩する。

一瞬でもいい、からだの痛みをただ観察できたらどうだろう。一時でもいい、それが自分の痛みであるとか、自分が痛みを感じているとかいう幻想から脱出し、医者が患者の脈をみるようにして客観的に痛みを見つめることができたらどうだろう。痛みそのものも変化するのがわかるにちがいない。どんな痛みも永遠につづくことはない。一瞬一瞬、変化し、消え去り、また生れ、また変化していく。

この事実を自分のからだで体験的に理解したら、もう痛みに圧倒されたり、振りまわされることはなくなる。痛みはすぐに消えるかもしれないし、すぐには消えないかもしれない。しかし、そんなことはどうでもいい。自分の痛みを人ごとのように観察できたなら、もはや痛みに苦しめられることはないだろう。
(ゴエンカ氏 The art of living P.95より)
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足は痛いけれど、なるべくそれを観察することによって、この感情に執着しないということを学んでいたのですね。「いつも平静な心を持つには、反応をしないこと」。その通りですね。インドにいると、時々つらいことがあります。日本にいてもつらいことはありますが、家族や友達がいるので精神的に参ることは少ないです。しかし、異国の地にいると、自分ひとりで乗り越えなくてはいけない状況が多々あります。「やだやだやだ、帰国したい」と思うことが時々起ります。そういった時、こういった哲学はとても役に立ちます。結局は自分で乗り越えなくてはいけない。変わりそうにない困難な状況も、変化しているのですね。自分自身を客観的にみることができれば、大したことないって思えることが沢山あると思います。

今回の修行で少しだけ、またヨガの真髄に近づけた気がします。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA仲良くなった友達と記念に最後に写真を撮りました。10日間、全くしゃべってなかったのに、同じ時を過ごした仲間として仲間意識が芽生え、みんなとすごく仲良しになれ、とても素敵な出会いでした。

特にルームメイトだったアイボリーとはすごく仲良くなりました。ロサンゼルスでダンサーをしている彼女。ヨガも教えているそうで、抜群のプロポーション。私と並ぶとこんな感じ。どんだけ足長いねん・・・不公平や!と叫びたくなります。笑。またロサンゼルスかインドで再会しよう!と誓いました。

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家にも遊びに来てくれました!
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きっと死ぬまで続くヨガ・スピリチュアルな旅。自分自身をもっと深く知れた気がします。

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