こんにちは!インドのプネにやってきました!
バンガロールのホストファミリーの紹介で、プネでもホームステイをさせていただいています。プネはムンバイの近く、南インドに位置しています。日本ではおそらく皆さん寒くてブルブルしている感じだと思いますが、こちらは半袖でも日中は暑いくらいです。

私の滞在しているおうち。めちゃ豪華です!

 

ホストファミリーのマルヴィカとシャンタヌはとても親切で、彼らとおしゃべりしたり、ご飯食べたりしつつ、ワークショップが始まるまでのんびりと過ごしています。

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わたしの母親は今回もバンガロールに行くと思っていたらしく、わたしがプネでホームスティしてると聞くと「なんとも厚かましい人やな」と関西人ならではのジョーク(本気?)を飛ばしていました。

昨日はアイアンガーの本部であるアイアンガーインスティテュートに行ってきました。今回のプラナヤーマ(呼吸法)のワークショップには、1,200人から1,400人が参加するそうです。昨日いろいろ登録してきましたが、たくさんの人がいました。特に中国人と北米の割合が多いような印象を受けました。ここで大阪の相澤先生と柳生先生にも会いました。1,200人もくるワークショップなので、こうやってたまたま会えるのは奇跡です。相澤先生には今回のワークショップを参加するにあたり、かなりお世話になったので、本当に会えてうれしかったです。滋賀に帰る度に先生のクラスに参加させていただくのですが、とても素晴らしい先生です。

そしてもう一つ奇跡的な出会いがありました。私がカナダのバンクーバー時代にお世話になったルーイー先生とばったり会ったのです!2012年以来会っていなかったので、興奮しました。「ルーイー!」思わず叫びました。先生はわたしのこともポールのこともよく覚えてくれていて、先生も嬉しそうにしてくれました。私と同様、とても小柄な先生なのですが、チャトランガの姿勢をキープしたままジャンプしたり、かなりの筋肉の持ち主です。先生はバンクーバーにお弟子さんも沢山いらっしゃり、カナダではかなり有名な先生の一人です。「まだちゃんとアイアンガー続けているっていうのがわかってよかった。頑張ってるんだね~」と言ってくれました。ルーイー先生も素晴らしい先生で、わたしのヨガはかなり先生の影響を受けています。ヨガアソビのティーチャートレーニングでもルーイーの話をたまにするので、何人かは「インドの次はカナダに行きたいー!」と言っていて、北米のヨガの旅も実現させたいなーって思ったりしています。

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ワークショップのスケジュールはかなりみっちりです。内容はこんな感じ↓。

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アーサナもプラナヤーマも瞑想もあります。このワークショップはアイアンガー歴が3年以上である必要があり、みんなかなりいい体つきをしています。プラナヤーマがメインのワークショップだと思っていましたが、アーサナあり瞑想ありの盛りだくさんで毎晩ノートをとるのに忙しくなりそうです♪

最後にわたしがいない間、レッスンを代講してくれているヨガアソビのみんなにはとても感謝しています(写真で報告してくれて、本当にうれしいです)。みんな頑張ってね~♡

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日本に帰国しました!まだ千葉の野田市にいるので、横浜のみんなには会えてなくて、帰ってきた!という実感がないです。9月14日の月曜7時半からまたレッスン再開します。

帰国前に、ヨガ友達(の彼女)の誕生日パーティーに呼ばれました。

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わたしのヨガ友達はピアニストなので、彼の友達は音楽関係者が多く、いろいろな音楽家の人とお話をしていて、芸術家はヨガ、呼吸法、瞑想を練習している人が多いなぁと思います。

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(↑バンガロールでいった友達のジャズライブ)

新たな芸術を生み出すために、いかに霊的な感覚が必要かがわかります。ヨガアソビに来てくれる人も芸術が好きな人は多いですね。ビートルズもリシケシでヨガ修行したという話はとても有名です。

武道家の初見先生は「テクニックに捕らわれてはいけない。テクニックを超えたものを学ばなくてはならない」と言います。ヨガも同じであり、アライメントは学ぶべきですし、柔軟性を身につけ、体幹を鍛えることは大事です。しかし、それに捕らわれていては、もったいない。その技術を超えた何かを得ることが一番大事なのです。

インドで何をしていたかというと、単に一般のクラスに一日何回も出ていただけです。

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(ジャヤとモハンのクラス)

たまに現地のインド人に「普通のクラスに出ているだけなのに、ヨガを教えれるの?」と聞かれます。答えはイエスでもあり、ノーでもあります。自分が生徒としてクラスに参加する際は、100%集中し、いろいろなことに意識を張り巡らせています。そしてレッスンが終わった後はノートをとって、先生が言いたかったことは何かを考えます。本来、ヨガとはこういう練習が必要ですが、一般クラスに出ている生徒の99%はレッスンに出ているだけでしょう。要するにその人次第で、レッスンから得るものは10倍も100倍も違ってくるということです。

わたしたちヨガを学ぶ者は、みなアーティストであるべきです。頭でヨガを理解しようとするのではなく、心で感じるのです。日本語で「暗記する」という動詞は、英語では”Learn by heart”と言います。ハートでヨガを学ぶには、とても長い時間がかかります。一見同じように見えるクラスを何度も何度も受けることで、やっとハートで捉えることができるものです。ヨガ初心者にとっては、どのタイミングで息を吸ったり、吐いたりするかわからないものですが、ヨガを定期的に学んでいくうちに、無意識に呼吸と動作が一致するようになっていきます。また少し上級者になると、バンダについても学びます。どのタイミングでバンダを使うか、もはや自動的に体が反応するようになっていきます。このレベルに到達すると、段々と心の使い方もわかるようになってきます。私がインドに来る理由はここにあります。ただ単にテクニックを学びにきているわけでも、知識を増やすために来ているわけでもありません。心で教えを感じようとしています。ヨガ修行は人間力を高めることだと思っています。

LearnByHeart

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私はアルーン師匠が大好きです。尊敬する人はたくさんいますが、本当に大海のように広い心を持っているなぁと思う人の一人です。

先生と一緒にいると、とても温かい気持ちになり、自分の心の中にあるしこりのようなものがどんどん溶けていくのを感じます。私が目指すところはここにあります。

今日はアルーン先生にこんな質問をしてみました。

「先生、わたしは呼吸法、瞑想、チャンティング(お経)をもっと勉強したいのですが、教えてくれませんか?」

すると先生はこう言いました。

「あなたの国には禅がありますね。同じことです。禅を学びなさい。お経もサンスクリットで唱える必要はなく、自分の好きな言語・言葉でいいのです。」

先生がおっしゃってくださったことは、私とポールが常々考えていることと完全に一致していて、「ああ、やっぱり!」と再認識させられました。
アイアンガーヨガでは「ヨーゲーナー、チッタッシャー」と続くマントラ(お経)をクラスの前に必ず唱えます。

↓コレ

私は何千回も唱えてきているので、もはやこれが馴染みのあるマントラであり、このマントラが持つ響き、美しさに魅了されています。ヨガの練習を始める前に、外の世界からの刺激・欲望を全て捨てて、内なる世界に入る準備を始めます。これから始まるヨガクラス、そのものだけに集中するぞ!という気持ちになります。。

私は信仰心があまりない家族のもとで育ちましたが、たまたま行きたい高校が京都の浄土宗の高校でした。入学式の日に式典に参加した私と母は、あまりにも厳かなお経や踊りを見て「やばい高校来ちゃったな~」と二人で焦ったものです。ガチな仏教高校だったので、水曜の朝はお経を唱えたり、仏教のお歌を歌ったりしました。テストまであったので、無理やり暗唱させられたのですが、今でもやはり空でそのお経を唱えれたりします。嫌々で覚えたはずなのに、大学受験の試験前だけはそれを唱えて心を落ちつかせたものです。

↓これ浄土宗のお経です。

そんな嫌々唱えていたお経もヨガ修行をするようになって、大事さがやっとわかりました。不思議なものですね。10年もかかってしまいました。

ヨガアソビでもマントラを唱えようと、前々からポールと相談していますが、どのお経にするか迷っていました。マントラも数多くあり、アイアンガーのマントラもよいのですが、ガーヤトリーのマントラもとても有名です(インドで最強のマントラと言われている)。

わたしが嫌々、高校時代にお経を唱えたように、ヨガを初めて練習する人は「え!!!」と思うかもしれません。でも何事も経験。帰国後、時々マントラも練習します。どれにするかは、またポールと相談します。

興味がなければ、唱えなくても大丈夫です。私たちがお経を唱えている間、ぼーっとしていてもいいです。

年末にリシケシにヨガアソビとして修行に行きますが、こちらに参加する方は渡印までに必ずアイアンガーのマントラを暗唱しましょう。またインド修行に関する詳細は別途記載しますね!

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インド・バンガロールに来てはや2週間。

毎日ホストマザーであるギータさんが作ってくれるインド料理を食べ、そして朝にヨガクラス、夕方にもヨガクラス、そして昼間は自習練習したり、教わったことを書き留めたり・・・と毎日とても贅沢な日々を送っています。

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ヨガにおいて自習練習がいかに大事かということをどの先生も説きますが、いまこうして生徒として日々を過ごし、本当にそれを実感します。

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(写真上:JayaとMohan先生のヨガセンター)

先生達はヨガのテクニックを超えた、生きる知恵をアーサナを通して説いています。それを消化するためには、やはり一人で練習したり考えたりする時間がとても大事です。私はハープとピアノを弾きますが、ヨガもハープも同じだと思います。先生のもとで演奏し、自分が気づいていないこと、そして知らず知らずのうちに蓄積してしまった悪い癖等を指摘してもらい、それを直すべく家で毎日練習する。そうしないと、楽器も弾けるようにはなりません。ヨガも同じでクラスに来ることも大事ですが、自習練習することで自分の体や心の使い方そして扱い方を理解できるようになっていきます。

わたしは一か月前に日本でバイクで転倒してしまい、骨盤・仙骨あたりを強打しました。大した怪我ではありませんが、それでも前屈はとても難しく、まだまだ完璧には治っていません。

事故直後は結構痛み、毎日痛み止めを飲んでいました。しかし、痛み止めを飲むとどうしても感覚が鈍くなり、どれくらい深い前屈をすると痛むのかわからない状態でした。もう1か月も経ったということ、そして仕事がない状況なので、インドに来てからは薬を飲むのを止め、自然治療に専念しています。

わたしの先生、Jayaはわたしの体をみて右のお尻の筋肉が左よりも伸びないこと、右の体側が左よりも短くなっていると指摘してくれました。そして、それを直すのに必要な練習法、体の動かし方について教えてもらい、「飽きると思うけど、忍耐強くこの練習を続けるように」とアドバイスしてくれました。

痛いので避けていた”Adho Mukha Svanasana”も「これはお尻を伸ばすのにいいから、いけるところまでやったほうがいい。」とのこと。前屈系は避けていましたが、椅子、バー、壁、ブロックなど多用していけるところまでやります。

日本にいるときに自分でも治療のためのヨガを練習してましたが、先生はまたさらに違うアイデアをくれます。2週間経ったいま、かなり回復してきたなと感じます。怪我をしてよかった!とまでは言いませんが、でも「何事にも意味がある」とは本当だと思います。この怪我のおかげで、力の入れ方、そして治療に必要なアーサナについてもっと理解が深まってきています。

3週間なんてアッという間ですね。もっとここにいたいという気持ちもありますが、ヨガアソビのみんなに会えるのはとても楽しみです。

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以前から行きたいと思っていたVipassana(ヴィパーサナ)センター。世界のあちこちにセンターがあり、日本でも京都と千葉にセンターがあります。日本で行こうと考えていたのですが、「バンガロールのセンター、綺麗でいいらしいよ」という情報を聞き、このバンガロールで行ってみることにしました。

参加した理由は前回の記事にも書いた通り、瞑想もヨガ修行の一部だからです。(こちらの記事を参照

「物事をありのままに見る」という意味のヴィパッサナー。この瞑想法は10日間、合宿で行われ、人と目を合わせることもなく、沈黙を守り、
読み書きや、インターネットはもちろん、外部との接触を一切禁止されている中、一日のうちのほとんどの時間を、ただ目を閉じ、心を無にするよう瞑想するのものです。

受講したコースは、5月14日から5月25日までの実質12日間のコース。初日と最後の12日目は会話をすることができ、2日目と11日目までの10日間が本格的な修行の期間となります。コースの受講はインターネットで申込むようになっていて、わたしは1ヶ月前にヴィバッサナのHPから申し込みました。ヴィバッサナは寄付で成り立っており、受講者がコース終了後に支払います。

瞑想は目を閉じる・坐禅・背筋を伸ばす・鼻呼吸で行います。1時間ごとに5分の休憩があり、1時間のうち最初と最後にテープ音声による講義が流れます。

下記が10日間の1日のスケジュール。

4:30~6:30 瞑想
6:30~8:00 朝食休憩
8:00~11:00 瞑想
11:00~13:00 昼食休憩
13:00~17:00 瞑想
17:00~18:00 夕食
18:00~19:00 瞑想
19:00~20:30 講義
20:30~21:00 瞑想
21:00~ 就寝

「ほとんど瞑想やないかい!」と当たり前ながら、初日はびびりました。実際やってみても、1日のほとんどを目をつぶって過ごします。ええ、もう頭がおかしくなってきます。施設は高い壁で囲まれており、完全に逃げ出せない状態です。脱獄できないか、、、とか考えてしまうほど精神的に追い詰められます。とはいえ、途中リタイアはありです。今回女性50人、男性70人ほど参加しておりましたが、女性2名、男性10名が途中棄権したとのことです。

初日に手続きを済ませ、本や携帯等を全て金庫に預けます。部屋割りも発表され、私はアメリカ人の女の子「アイボリー」と同じ部屋でした。この施設では2名で1つの部屋シェアします。

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身長が178cmもあるそうで、後ろ姿はめちゃくちゃ男らしかったです。でも、最後の日に夜通しガールズトークしてて、中身はキュートな女の子でした。

一人一人に割り当てられる部屋は、小さなベッドが置かれただけのとても簡素なもの。
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ちゃんとトイレとシャワールームも部屋ごとにありました。
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マットも十分厚みがあって、よく眠れましたし、水まわりもキレイに掃除されていてすごく快適でした。

こちらは女子寮。ここに25部屋ほどあり、50名ほど参加していました。
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10日間の沈黙の中で行われる瞑想合宿、スタートしました。朝4時に起床の鐘がなり、その後、大きな瞑想ホールに参加者全員が集まります。一人一人あらかじめ指定された場所には座布団が敷かれていて、その上に座り、4時半から瞑想が始まりました。

1日10時間もの長い時間を全て瞑想をするという10日間。また、19時から大体21時頃までは講話を聞く時間になっているので、休憩時間を除くと、1日のうち約12時間は目を閉じて座っていることになります。

初めは、自分の呼吸に集中するという簡単な瞑想法から学んでいくのですが、ただ座って目を閉じていることがこんなにも辛いことだとは思いませんでした。

自分はヨガをしているので、きれいに座る自信はありますが、長時間座る・・・ということがこんなにもつらいことだなんて想像していませんでした。毎日、お尻が痛くて、足も痛いし、暑いし、背中も痛くなってくるし・・・と苦行です。ほんとうに。この瞑想コース中はかなりの便秘でした。やはり座ってばっかりだとよくないのですね。

朝食はインドの定番イドゥリーやビリヤニっぽいものが出てきます。昼食は普通の南インド料理。そして、晩御飯というものはなく17時にスナックが支給されます。お米でできたお菓子で、私は大ヒットでした。後でみんなが「もうあのスナック食べたくないー」って叫んでましたが、私は「日本に帰っても食べたいので、作り方を勉強したい!」というほどはまりました。

今回この修行がつらかったのは食事も理由の1つです。毎食、小学校の給食のようなものが出てくるので、自分が食べたいものが出てくるとは限りません。ましてや、インド料理。インド料理は大体好きですが、時には「なんじゃこりゃーーー」と思うようなものが出てきます。瞑想中なので「なんなんこれ?」って聞くわけにもいきません。しょうがないので、とりあえずもらって食べてみます。まあ大体おいしいのですが、時にはあまり好みじゃないものもあります。でも「残さず食べましょう」と食堂に貼ってあるので、泣く泣く食べます。ああ、こんな時代あったな、小学校でコッペパン全部食べれへんくて、先生に「ともえちゃん、全部食べるまでは休憩なし!」って言われ、監視されながら食べていたなぁ、懐かしいなぁ~なんて思いながら、食べました。

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プライベートな時間が朝と昼に1時間ほどあって、この時間に洗濯・掃除等済ませます。人間、なにかしていないと気が済まないものなので、やたらとみんな洗濯していました。私もあまりオススメはされていないものの、ヨガの練習にふけりました。そうでもしないと、精神がもちません。

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ヨガのアーサナと一緒で「いまこの瞬間を生きる」ということを練習します。過去のことをくよくよ考えるわけでもなく、将来についていらない不安・妄想をするわけでもありません。ただこの瞬間を見つめ、そして観察する・・・といったテクニックです。ヨガのアーサナを練習するときは、一見出来ているかのように思えていたこの「いまを生きる」感覚。長時間ただただ座っていると、それも難しくなります。精神的にやられ始めた5日目くらい、食べたいものを頭の中でつぶやいている自分がいました。「ぎょうざ、ラーメン、寿司、アイスクリーム、天ぷら、そば、マンゴー・・・・あ、マンゴーはインドでも食べれるな・・・」と。いかんいかん、全然集中できていないじゃないか、とまた呼吸に注目します。

この極度な状態の練習法が、日常生活に戻ったときに活かせるようになる・・・というのですね。日常生活でも、つらいことがあると眠れなくなってしまったりします。また逆に「明日は旅行!」とかワクワクすることがあっても眠りにくいですね。でもその時間にすべきことをする・・・というのが大事だとヨガでは説いています。それをアーサナ、瞑想、呼吸法を通して訓練します。

最初の数日は、全く動かずに座る・・・ということがいかに難しいことか学びました。

誰が言ったか忘れましたが、誰かが
「怒り・不安・悲しみというものは、なかなか消えません。瞑想をしてそれらを解放してあげようとすると、こういった感情は解放されることに抵抗する傾向にあります。」
と言ってました。

私が足を組みなおしたりするのは、これから起こる深い瞑想に対する抵抗だったりするのだな、と思いました。先生と呼ばれる人がインド女性1人、男性1人いて、正面に座っています。彼らを注目してみていると驚くほど動きません。「静止」です。絶対に私のほうが体力はあるし、柔軟性もあるはずなのに、それでも私は動きまくり、先生は驚くほど静止した状態で座ることができます。これは体力的なものではなく、精神的なものなんだなと気づき始めました。

8日目くらいになって、やっと「瞑想」と呼べるような集中力が私にもついてきました。とはいえ、体は本当に痛かったので、15分に一度くらいは足を組み替えるのですが、1時間があっという間に過ぎました。体の細部まで気を配り、自分の脈を体全体で感じます。「ドク、ドク、ドク・・・」と。

いろいろな不思議な体験をしました。例えば、自分がただただ息をしている・・・ということに感謝したり、急に泣けてきたりしました。なぜ涙が出たのか、あまり覚えていないのですが、ただこの世に生まれてきたこと、こうやって瞑想する十分な時間的余裕があることに幸せを感じたのだと思います。

その他にも、体の感覚が一気になくなるといった体験もしました。この状態までいくと、もうもはや呼吸に注目する必要はありません。何もしなくても、一瞬一瞬に集中できるようになります。

このVipassanaの創設者ゴエンカ氏は、こう言っていました。
「この10日間のコースで悟りを開けるということはありません。ただその状態に1歩近づくことができます。」

本当にその通りだと思います。10日間の後、わたしは悟ってはいません。ただ、ヨガに対する知識・知恵が深まったというのは確かです。Vipassanaのコースは、沈黙の中、自分自身の奥深くまで覗き見るような体験でした。時には大変な時もあり、時にはすごく心地良く感じる時もありました。

ゴエンカ氏の講話は毎日1時間から1時間半ほど夜に行われました。(彼は昨年お亡くなりになっており、ビデオによるものです)
コース中に聞いたお話が本にも掲載されていたので、本より抜粋して一つ紹介します。
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「心の平静さ(Equanimity)」

それでは、どうしたら不幸にならずにすむのだろう?どうしたら苦のない人生を送れるのだろう?ただ観察し、反応しなければいいのである。ひとつの状況を維持しようとか避けようとせず、また、これはいいがあれはだめなどと言わず、心の平静さ、心のバランスを保ち、すべての現象をただ淡々と見つめてゆけばよい。

これは簡単なように思える。しかし、いざ1時間の瞑想をしようと思ってすわり、10分ほどで膝が痛みだしたらどうなることか。たちまち、痛いのはつらい、なんとか痛みが取れないだろうか、とやきもきし始める。しかし痛みは取れない。痛いと思えば思うほど、ますます痛みがひどくなる。やがて、からだの痛みは心の痛みになり、大いに苦悩する。

一瞬でもいい、からだの痛みをただ観察できたらどうだろう。一時でもいい、それが自分の痛みであるとか、自分が痛みを感じているとかいう幻想から脱出し、医者が患者の脈をみるようにして客観的に痛みを見つめることができたらどうだろう。痛みそのものも変化するのがわかるにちがいない。どんな痛みも永遠につづくことはない。一瞬一瞬、変化し、消え去り、また生れ、また変化していく。

この事実を自分のからだで体験的に理解したら、もう痛みに圧倒されたり、振りまわされることはなくなる。痛みはすぐに消えるかもしれないし、すぐには消えないかもしれない。しかし、そんなことはどうでもいい。自分の痛みを人ごとのように観察できたなら、もはや痛みに苦しめられることはないだろう。
(ゴエンカ氏 The art of living P.95より)
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足は痛いけれど、なるべくそれを観察することによって、この感情に執着しないということを学んでいたのですね。「いつも平静な心を持つには、反応をしないこと」。その通りですね。インドにいると、時々つらいことがあります。日本にいてもつらいことはありますが、家族や友達がいるので精神的に参ることは少ないです。しかし、異国の地にいると、自分ひとりで乗り越えなくてはいけない状況が多々あります。「やだやだやだ、帰国したい」と思うことが時々起ります。そういった時、こういった哲学はとても役に立ちます。結局は自分で乗り越えなくてはいけない。変わりそうにない困難な状況も、変化しているのですね。自分自身を客観的にみることができれば、大したことないって思えることが沢山あると思います。

今回の修行で少しだけ、またヨガの真髄に近づけた気がします。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA仲良くなった友達と記念に最後に写真を撮りました。10日間、全くしゃべってなかったのに、同じ時を過ごした仲間として仲間意識が芽生え、みんなとすごく仲良しになれ、とても素敵な出会いでした。

特にルームメイトだったアイボリーとはすごく仲良くなりました。ロサンゼルスでダンサーをしている彼女。ヨガも教えているそうで、抜群のプロポーション。私と並ぶとこんな感じ。どんだけ足長いねん・・・不公平や!と叫びたくなります。笑。またロサンゼルスかインドで再会しよう!と誓いました。

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家にも遊びに来てくれました!
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きっと死ぬまで続くヨガ・スピリチュアルな旅。自分自身をもっと深く知れた気がします。

久しぶりの更新です。昨日まで10日間の瞑想コースに参加するため、バンガロール郊外におりました。ヨガを始めたばかりの人は「瞑想?なんで?」と思うかもしれません。現に母親からは「そんな10日間も瞑想センターにこもるなんて・・・ともちゃんの頭がおかしくなったらどうしよう」なんて言ってました。みなさん、私はおかしくなってないですよ!安心してくださいね!日本でもお寺で「座禅体験」とかあるように、インドでも初心者向けに瞑想コースがあります。私が参加した、こちらの瞑想コースについては、次回の記事で詳しく書きます。

今日は皆が普段練習しているヨガと瞑想の関連性について記載したいと思います。ヨガの基本なので、ぜひぜひ最後まで読んでいただければと思います。

【パタンジャリについて】

アイアンガー先生によると、パタンジャリはBC300年ごろインドに実在していた人物で、その生涯をヨガの普及に費やした偉大なヨギだと言われています。アイアンガーヨガではこのパタンジャリの偶像を飾り、この偉大なヨギを崇拝し、尊敬と感謝の念を込めてヨガのレッスンが始まる前にマントラ(お経)を唱えます。

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このパタンジャリという人が書いた『ヨーガスートラ』というヨガの最古の経典は、今もなお世界中で読まれています。ヨガスートラでパタンジャリはヨガを『八支則(サンスクリット語でアシュタンガと言います。)』という8つの段階にわけて説いています。支則とは「ステージ」と考えていただいて結構です。パタンジャリはこの8つの支則が全て統一されたとき、この8つのステージが本当のヨガになると言っています。また、この8つを、たゆまず実践することによって、真なる自己を気づくことができる・・・と説いています。

【ヨガの8支則とは】

非常に深いのでシンプルに書きました。ヨガにはまった、はまっている方はぜひ「ヨガスートラ」を読んでみてくださいね!おそらく、始めはチンプンカンプンだと思います。(私自身、まだまだで勉強中の身です。)

1.ヤマ(禁戒)
普遍的な倫理:暴力の否定、誠実であること、盗みを働かないこと、性欲をおさえること、物欲をおさえること。

2.ニヤマ(勧戒)
自らの行いを律すること:けがれなく清らかで、満ち足りていること、ヨガの学びに専念していること、質素であること、書物をひもとき、自らについて学ぶこと、しがみついているその手を放すこと。

3.アサナ(坐法)
主にスポーツクラブなどを中心に日本で「ヨガ」と言われてみなさんが思いつくのがこのアサナの部分。さまざまなポーズを学ぶこと。

4.プラナヤマ(調気法)
呼吸をコントロールすること。

5.プラティヤハーラ(制感)
感覚を閉じ込めて周りの物が気にならなくなること。

6.ダラーナ(集中)
集中すること。

7.ディヤーナ(無心)
瞑想。

8.サマディ(三昧)
最終段階。日本語でいう「悟り」の状態。自分は誰なのか、何のために生まれてきたかを知る。はっきりと目覚めた意識の状態。

現在、一般的に「ヨガ」というとスタジオで体を動かすことにフォーカスがあたっていますが、本来ヨガとはこの『八支則』全てのことなんですね。アーサナの練習では最後にシャバーサナをしますが、シャバーサナはいわば、瞑想に入るための、入り口のようなものです。シャバーサナで感覚を引き出すことによって、より呼吸・自分の心の状態を観察することが簡単になります。しかし、シャバーサナは瞑想の入り口であって、完全なる瞑想ではありません。横になった体は精神も鈍くなり、眠くなりやすいのも事実です。

最初の2つ、ヤマとニヤマは基本的に世界に共通する道徳や倫理、3つ目はヨガのポーズ、4つ目は呼吸法。5~8の4つははじめの4つができて、やっと入れると言われる自分の内面的なことに働きかけることができるのですね。この8支則の教えは自分と向き合い、本当になりたい自分へと導いてくれます。

ヨガ(アーサナ)の先生の中には、アーサナの練習は毎日するけど、瞑想・呼吸法の練習はヨガのポーズの練習中にしているから、とりわけアーサナとは別に練習はしない・・・という人もいるでしょう。もしくは、練習したり、しなかったり。私がそれでした。しかし、いろいろなヨガ友達から「ヴィッパーサナ(Vipassana)」という瞑想コースはとても素晴らしいという話を聞いていて、ぜひやってみようと思って練習してきました。

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瞑想してきた施設。泊まり込みの10泊11日の修行でした

今日はかなり真面目なトピックでしたが、次回はその「ヴィッパーサナ」の体験をおもしろ、おかしく記載するつもりなのでお楽しみに!先に言うと、ものすごくハードでした・・・!!

ポールは個性的なTシャツを着るのが好きで、先日はこのお気に入りの一つシヴァ神のTシャツを着てヨガのレッスンを行ったようです。ヨガアソビのLineグループ、Facebookでも話題になっていて、「神がかっている」とまで言われていました。

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このTシャツの神様は「シヴァ」と言います。シヴァ神はインドで最も人気のある神様の一人。ネガティブなエネルギーを破壊し、解脱に導くヨーガの神様です。108のダンスの型を持ち、宇宙の運動・リズムの源泉であるとされます。踊りながら宇宙を破壊しては創造する神の活動をあらわす為、ナタラージャ(踊りの王様)の名前を持ちます。この108のダンスの型ひとつひとつが、ヨガのアーサナに関連しているのだと言います。他の神様と違い、きらびやかな装飾がなく、修行者の姿で描かれます。

インドには無数の神様がいると言われています。その中でもシヴァ、クリシュナ、ヴィシュヌ・・・なんかが人気です。インド人の家に行くと、みないくつもの神様を神棚に飾っています。

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↑ホストファミリーの家にあるシヴァの置物。

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↑こちらもホストファミリーの家にて。クリシュナ。

インドにいると、「なぜにこんなにも皆、信仰心が強いのか」といろいろと考えてしまいます。特にリシケシなんかにいると、皆に「ともえは仏教徒なの?」とか「神は信じている?」と聞かれます。特に信仰心のない私は、回答に困っていました。「私たち日本人の多くは無宗教だったりします。私も特に何も信仰していません。」と答えていました。しかし、最近気づいたのですが、私達はとりわけ何かの宗教に入団していなくても、「迷信」や「縁起」はわりとあるし、気にするのではないでしょうか。

例えば、「お箸をご飯の中に突き刺してはいけない」であったり、「北に枕を向けて寝ては縁起が悪い」ということは信じるというか習慣として身についています。

インド人というのは、このヒンドゥー教が生活に密着しているので、皆自然とそれを信じるし、縁起の悪いことはしたくない・・・という感覚なのではないかと思うのです。

日本人が受験前に学問の神様が宿る神社にいってお守りを買うのと同じように、皆シヴァ神をはじめ、様々な神を拝み、「いいことがありますよーにっ!」といった感覚なのではないかと解釈し始めました。さっき、ホストマザーのギータさんに「なんでインド人はこんなにも信仰心が強いの?」と聞いたら、「Practice(習慣)」と答えました。やはりそうなんですね。(あ、報告が遅れましたが、私最近引っ越ししました。現在インド人夫婦の家にホームスティ中です。こちらについては、また後ほど記載します。)

最初は神に拝むこと、お経を唱えることにものすごく抵抗があった私。しかし、長くインドにいると、インド人に感化されてきた自分に気が付きます。もちろんヒンドゥー教とは何かとか一切理解できていませんが、なんとなく「もっともっとヨガが極められますように」という気持ちと共にお祈りします。

日本でお守りを買うのと同じように、「もっとヨガが上手になりますよーに!」という軽い気持ちでシヴァ神を始め、インドの神様を見ればいいのだなぁーと最近は理解しています。

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「インドのお土産は、このTシャツがイイ!」という声が上がっていますが、皆様どうでしょう?この強烈なTシャツで本当によいのでしょうか・・・

何かしらヨガ関連のものを買って帰りたいと思います。お楽しみに!